6月コラム

『背景を感じる』

 

 

 今年の母の日もネットショップでの購入ですが、プレゼントを贈りました。

昨年、初めて母の日のプレゼントをしたので、今回で2回目です。

 

というのも、小学生の頃、お花をプレゼントをしたことがあったのですが、泣かれて(嬉し泣き)以来、気恥ずかしがあったりで、何もしてきませんでした。

 

反抗期があったり、時々、学校に呼び出されることがあったり、好き勝手してきた私ですが、何だかんだと気に掛けてくれていたことを感じていました。
 

もちろん、ずっと感謝しています。

 

でもどこか、そっけない対応してしまったり、面倒くさそうにしてしまったり。

 

今も、特に用事がなければ実家に寄り付くことも連絡をすることも無く、「最大の親孝行は自分が元気に過ごしている事」なんて思っていたりもします。

 

そんな、素直に気持ちを表現できなかったり、気持ちとは裏腹な行動や言動をしてしまうことは誰しもあるものです。

 

 

例えば「嫌い」という言葉を言われて嬉しい人はいません。

でも、その言葉を発するまでの背景には何かあったはずです。
 

本当に嫌いで「嫌い」と言ったのか、それとも何か理由があって、言ってしまったのか。

 

言われた時は、表面的な言葉や態度に傷ついたり、腹を立てしまいがちですが、「嫌い」という言葉を発してしまった背景が分かり、理解出来た瞬間、嫌な気持ちが無くなったり、むしろ、愛おしく思える事さえあります。

 

そんな、表面には見えない『もの』を見たり、知ったり、感じることはとても大切です。


 以前、読んで面白かった本があるので、簡単にシェアしたいと思います。

 

『奇跡のリンゴ』 著石川拓治~幻冬舎文庫~

 

絶対不可能と言われていたリンゴの無農薬栽培を人類で初めて成功させた木村秋則さん。

一言でまとめるとすれば、『敵はどこにもいない』というお話です。

 

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ひょんなことから農薬を使わないと決めて始めたリンゴの無農薬栽培。

そんな挑戦は挫折の連続。
 

農薬の代わりに牛乳やワサビ、ニンニクなどを水に混ぜて散布してみたりと試行錯誤を重ねる日々。

しかし、5年間やり続けても、1つのリンゴも実らず、花1つ咲きませんでした。

 

リンゴ農家で5年もリンゴが実らなければ当然、借金だらけ。

日々の食べるものにも困る状況で、ある時、もう死んでしまおうと近くの山へ向かったそうです。

 

その時、山の中で、遠くに輝くリンゴの木を見つけ、慌てて駆け寄る。

それは、見間違いでリンゴではなく立派なドングリの木だった。

 

そんな立派な木を見て、ふと思った。

 

「農薬なんて一切使っていないはずの木が、なぜ、虫の被害に合わず、病気にもならず、元気に育っているのだろう?」と。

 

すぐに土だと気付く。

 

雑草は生え放題だが、ふかふかの地面。
ツンと鼻を刺激する、山の土の匂い。

 

畑では肥料ををやり、養分を奪われないように草を刈っていた。

しかし、草の中でドングリは元気に育っている。

 

むしろ、草が生えているからこそ元気に育っているのかもしれない。

 

と研究・観察を始めた。

 

そして、分かった。

ふわふわで温かい土を育てたのは雑草であり、小さな虫たちであり、無数の微生物だと。

 

 

虫がリンゴの葉を食べているのを見て、勝手に害虫だと決めつける。

生育が悪いと肥料を与える。

病気になるのを防ぐために農薬を撒き、土を殺菌する。

 

それこそが間違いだった気付いた木村さん。

 

自然の中には善も悪も存在せず、生き物は、皆それぞれの命を必死に生きているだけ。

生態系の中でそれぞれの役割を果たしているだけだった。

 

虫や病気は原因ではなく、あくまでも結果。

 

リンゴの木が弱ったから病気や虫が発生したのであり、虫や病気がそれを教えてくれていたのだった。

 

人間の都合で肥料を与えすぎると、その余分な栄養を食べに害虫が来る。

ちゃんと理由(原因)があるのです。

 

でも、山の木に害虫はついていません。

雑草は生え、バッタや蝶、コガネムシなどの昆虫もいるけど、葉を食べつくすようなことはありません。

自然の中でバランスが取れているのです。

 

自然界の命の循環を観察し、理解してみると、そこには調和があり、善悪はありませんでした。

 

良かれと思って、肥料や農薬を撒くことが、実は自然の生態系を壊し、リンゴの木が本来、持っている『自然の強さ』を弱めてしまっていた。

 

何年もかけて分かったそうです。

 

敵はどこにもいなかった。

ただ、それぞれがそれぞれの役割を果たしていただけ。

 

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これは、リンゴだけでなく、すべてに共通することかもしれません。

 

今、表に見えていることは原因ではなく、結果。

その背景を知り、理解することから始まる。

物事の本質だと思います。

 

目の前の事に意識をとられがちですが、背景をしっかり感じられるよう、広い視野で物事を見れるようになりたいと改めて思いました。

 

 

舟木将人

 

 

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